予定は埋まるものではなく作るもの

最近、体力落ちたな~って
しみじみ感じるので、
ジムに行くことにしました。
やっていることはトレッドミルを30分。
15度の傾斜をつけて時速5㎞で設定。
強制的に自分のコンフォートゾーンを
超えるスピードで歩くことになるし、
YouTubeでインプットしながらとか、
仕事の電話しながらとか、
ながらで運動できるのが
個人的に◎ポイントです。

高校2年生と作業会しています。
自分より若い人と一緒にいる時間は、
「自分が若いころダサいと思う大人に
なっていないか?」という
ネガティブチェックがいい意味で
できる感覚があります。
いつまでも自分自身が
イケてると思える自分でありたいなと思うし、
自分が救いたいターゲット、
評価されたい相手からは
徹底的にモテようと思います。
教育できる起業家
→エンジェル投資家・アーティストという
キャリアをしっかり歩みたいなと思います。

IQ上がりました。
大学生のころはたぶん
108~113くらいだった記憶があります。
1~2年前に測定したときが127くらい。
IQってがんばったら
上がるんだなぁと思いました。
ゲーミフィケーションのおかげです。
あげれるだけあげようと思います。
FROM:さっぽろ創生スクエア
さて、タイトルのお話に戻ろう。
北海道の学生、特に
北大生とコミュニケーションをとっていて
違和感がすごいポイントでもある。
「その日はバイトがあって~」
「その日は授業があって~」
何かしらの予定を立てるとき、
必ず先に入っている予定が優先される。
深堀してみると、別に大した
予定ではないということも多い。
これはどういうことか?
単純に、予定の優先順位がないということだ。
どの予定も等しく、
同じ価値として扱っている言動。
ただ、冷静に考えてほしい。
すべての予定が同じ価値なわけなくないか?
ぶっちゃけ、この人との予定が
一番優先度が高い。
この予定は後回しでいい。
絶対、潜在的に自分の中での
予定の価値があるはずだ。
でも、それを理由に予定を
動かすことができない、
いや、動かそうとする人が
ほとんどいない。
これって普通にやばい。
てか、義務教育の弊害なんじゃ
ないかと思う。
義務教育、例えば高校では
「できる限り偏差値の高い大学に行く」という
なんとなくの暗黙なゴールがあって、
それに対して定期テストだったり、
宿題だったり、
なんとなく年上で偉そうな人から
課題を渡される。
それを従順にこなす。
この能力が求められ、
これができた人が一定数
高学歴には多い感覚がある。
(授業聞いてなくて自学自習
してたとかってタイプは今回例外)
これは、何となく自分より立場が
強い人からの予定をとにかく遂行する
という能力が発達しているのではないか
と思う。
つまり、自分でこの宿題はやるべきなのか?
この部活の練習は行く意味があるのか?
この授業は聞く意味があるのか?という
思考回路がない。
ではなぜ、こういう発想にならないのか?
自分で決めた、自分事のゴールがないから
なんじゃないかなって気がしている。
特に大学になってからだと、
今年の目標とか、
3か月後の目標とかを
パッと言える人ってあんまり
いないんじゃないかな。
予定の価値は自分のゴール達成に
近づくか近づかないか。
それだけ見るのでも、
だいぶ精査されると思う。
夢とか目標とか
「こういうことをやりたいです」
って言ってて、
その後1週間のスケジュール聞いたとき、
「そのスケジュールだと
絶対無理でしょ」って思う人多すぎる。
口だけじゃんって思うし、
たぶんまだ本当にやりたいことか
わかってないんだろうなとも思う。
やりたいことないなら、
「やりたいことを見るけるために
新しい趣味を10個始める」
とかやればいいのに…
人生で一番大事な資源って時間。
なぜなら、お金は増やせるけど、
時間は増やせないし、取り戻せないから。
こんなこと、200万回くらい
聞いたことある言葉だと思うけど、
これを本当の意味で理解して
実行に移していたら、
予定を変えないなんて思考回路に
ならないと思う。
自分の人生を充実させるために、
主導権をとるために、
人から言われた予定をただ脳死で
カレンダーに入れるのではなく、
自分がワクワクする予定を自分で作ろう。
今日はそんな感じ~。