努力なんかしなくていい。

FROM:藤野悠生
TO:「努力が足りない」と言われて、モヤっとしたことがある人へ
 
お疲れ様です、藤野です。
 
前回、努力の質について書いた。
 
嫌なことをやれ。
楽な10時間より、
苦しい1時間のほうが価値がある。
 
あの記事は間違っていない。
でも、今日はもう一段深い話をしたい。
そもそも、努力なんかしなくていい。
 

「努力」って言葉、違和感ないですか?

努力という言葉には、
「苦しいことに耐える」
「歯を食いしばって頑張る」
みたいなニュアンスがある。
 
つまり、やりたくないことを
やっている前提の言葉なんだよね。
でも、ちょっと考えてほしい。
 
本当にやりたいことをやっているとき、
「努力している」って感覚、ある?
 
ないはず。
 
ゲームに没頭している小学生は
「努力してゲームしてます」とは言わない。
 
好きな人とのデートの計画を
「努力して考えてます」とも言わない。
 
没頭しているとき、
人は努力という概念を忘れる。
 

僕の話をさせてほしい

僕は会社員ではなく独立している。
 
稼働時間はおいておいて、
頭の中は週7で仕事のことを考えている。
 
コンサルティング案件の課題について。
Amuse!のコミュニティ運営について。
自社の新しいビジネスモデルについて。
 
朝起きたら考えているし、
風呂入りながら考えているし、
飯食いながら考えている。
 
たまに聞かれる。
 
「人生楽しいの?」って。
 
結論、楽しすぎて滅である。
なぜなら、やりたいことをやっているから。
 
週7で仕事のことを考えていると聞くと、
「それ大変じゃない?」「休めてる?」
みたいな反応をされることがある。
 
でも、これって
好きなゲームを毎日やっている人に
「毎日ゲームして大変じゃない?」
って聞いているのと同じだと思う。
 
大変なわけがない。
やりたいからやっている。
 

努力が必要な時点で、それは本当にやりたいことじゃない

ここで一つ、厳しいことを言ってみる。
 
「努力しないと続かない」
と感じている時点で、
それは本当にやりたいことじゃない
可能性が高い。
 
やりたいことをやっている人は、
止められても勝手にやる。
 
僕が大学1年のとき、
歌い手活動に没頭していた話は
前に書いた。
 
週7で音楽漬け。
バイトで月15万稼いで、
生活費を削って機材に100万投資。
 
炊飯器すら買わなかった。
あれを「努力」と思ったことは
一度もない。
 
ただ、やりたかっただけ。
今の仕事も全く同じ。
 
北海道の若者に
東京水準のビジネスリテラシーを届ける。
現代の松下村塾をつくる。
 
この構想を考えている時間は、
僕にとって
ゲームの攻略法を考えるのと
同じ感覚なんです。
 

じゃあ「努力しろ」は嘘なのか?

嘘ではない。
ただ、順番が違う。
 
多くの人は、
「まず目標を決めて、
それに向かって努力する」
という順番で考える。
 
でも、本質は逆だと思う。
没頭できることを見つける。
勝手に時間を投下する。
気づいたら結果が出ている。
 
この順番。
 
努力は「する」ものじゃなくて、
没頭の結果として
「していた」と気づくもの。
 
これは受験に置き換えると
わかりやすいかもしれない。
 
「東大に受かりたいから勉強する」
と思っている人と、
「この学問が面白すぎて
気づいたら東大に受かった」
という人。
 
どっちが強いかは明白だと思う。
 
前者は受験が終わったら止まる。
後者は受験の後も勝手に伸び続ける。
 
社会で本当に価値を出すのは後者だ。
 

でも、没頭の中にも「面倒なこと」はある

誤解してほしくないのは、
やりたいことの中にも
面倒なことや苦手な作業はあるということ。
 
僕で言えば、
コンサルの仕事は大好きだけど、
経理作業とか請求書の処理は
正直めんどくさい。
 
でも、それは
「やりたいことを実現するための手段」
だと腹落ちしているから、
苦にならない。
 
ここが、
手段が目的化している人との決定的な差。
 
やりたいことが明確な人は、
面倒な作業すら意味づけができる。
 
だから、折れない。
 
やりたいことがない人は、
全部が「やらされている感」になる。
だから、「努力がつらい」になる。
 
前に記事で書いたけど、
お金を稼ぐ理由が言えない人、
勉強する理由が言えない人は、
これと同じ構造にハマっている。
 

やりたいことが見つからない人へ

「やりたいことがないんです」
という相談をよく受ける。
 
僕の答えはシンプルで、
「時間を忘れて没頭した経験を思い出せ」
ということ。
 
ゲームでもいい。
絵を描くことでもいい。
誰かと話すことでもいい。
料理でもいい。
 
時間を忘れたという事実が、
あなたの本能が出した答えだ。
 
それを「仕事にならないから」
「お金にならないから」と
切り捨てるのはもったいない。
 
そこにヒントがある。
 
あとは、その没頭を
社会的な価値に変換する方法を
考えればいいだけ。
 
ゲームに没頭できるなら、
ゲーム実況、eスポーツ、
ゲームデザイン、UX設計。
 
料理に没頭できるなら、
飲食店、食品開発、
フードコンテンツ、栄養指導。
 
没頭の対象をそのまま仕事にする
必要はない。
 
没頭している自分が
どんな能力を使っているか?
を抽象化して、
その能力が活きるフィールドを探す。
 
これだけで、
人生の景色はだいぶ変わると思う。

まとめ

努力しなきゃいけない時点で、
何かがズレている。
 
没頭できることを見つけて、
そこに全力で突っ込む。
周りから見たら
 
「すごい努力してるね」と
言われるかもしれないけど、
本人は努力なんてしていない。
 
ただ、やりたいことをやっているだけ。
前回の記事で
「努力の質を上げろ」と書いた。
あれは正しい。
 
でも、もっと根本的な話として、
「そもそも努力と感じない
フィールドで戦え」
というのが今日の結論。
 
自分が没頭できるフィールドで
戦っている人に、
苦行フィールドの人が
勝てるわけがない。
 
だから、努力なんかしなくていい。
没頭できることをやろう。
 
今日はそんな感じ。